あぽぺん

とにもかくにもこの世にはペンが多すぎる。LOFTの文房具売り場は、文房具の体積に対して広すぎないか。書くことが生活に占める割合は大きいと思うが、だからこそ文房具売り場はシンプルで良い。カラーペンはともかくとして、ボールペンはジェットストリームの0.4ミリ、シャープペンはカラーフライトの0.3ミリだけで充分だ。種類が多すぎるから、錯乱して林檎に突き刺す人が出てくるんだ。

 


それから、無駄にいかついシャープペンが許せない。そんなに武装したって、芯なんて出し過ぎたぐらいですぐに折れてしまうじゃないか。

 


冗談と極度に個人的な意見はここまでにしておくけれど、書き続けるのなら、荷物は軽いほうがいい。折りたたんで、ポケットに入れておけるような言葉がひとつあればいい。だから僕は短歌や俳句が好きだ。

 


硬い芯ほど筆跡は薄い。小学校では2Bを使うように言われたが、僕はBよりHの鉛筆が好きだった。扱いにくくて、簡単には折れないところが好きだった。僕は影が薄いほうで、それでも胸の内は頑固で、正直厄介な部類だったと思う。でも、その厄介さを気に入ったのか、そばにいてくれる物好きな人が意外といたから、それでよかったと思っている。そういう人たちは離れないでいてくれた。薄くて消しにくい筆跡を残し続けてこれからも僕は生きる。誰も見ていないこのブログに心を書き連ねる。

 


鉛筆でたくさん書いたあとの芯の丸さと手の黒さだけが本物だ。B5の学習帳に文字を書きながら、この鉛筆でただ直線を書いたら、一本使い切るまでにどこまで行けるのだろうと何度も考えていた。でも、鉛筆なんて大抵は最後まで使いきれなかった。使いきれずに残った、短い鉛筆の集まりでできたような今の僕だ。B5のノート一冊が終わるまでに、僕はどれだけ成長できていたのだろう。分からないままに書き続ける。最初のページはやけに丁寧で、そこからだんだん雑になっていくけれど、最後のページに収まりきらず、裏表紙まで渡った文字たちが本当のその人らしさだ。僕は二十歳、なんだかんだでまだ綺麗だと思っている。来週には桜が咲くらしい。ノート一冊とペン一本だけ持って、絵のような春を、絵のような笑顔で迎えに行けたらいいなぁ。