放浪人

 

終わってたまるか。終わってたまるか。

そんな歌詞の流れるイヤホンを耳に突っ込んで、二月の国道を一人、自転車を押して歩いてきた。


終わってたまるか。終わってたまるか。

マフラーの中で呟きながら、確実に一歩ずつ前へ進む。向かい風が強くて、自転車に乗れたものではないのだ。さながら大きな荷物を転がして悪路を進む放浪人である。


今日は面白いほど上手くいかないことが多かった。


ちょうどいい時間に目が覚めたものの、寒さに布団から出られず、「五分ぐらいならくるまっていられるな」と思った次の瞬間には、家を出る時間を15分過ぎていた。電光石火のスピードで着替えながら、駅までの道を自転車で行って、職場の最寄りからダッシュすればぎりぎり間に合うかもしれないと考える。思えばそれが全ての始まりだったのかもしれない。


こういうときにいつも使っていた安い駐輪場は、馬鹿みたいにでかい工事現場になっていた。煽られてるな、と思った。仕方ないので、駅を通り過ぎて、ゆっくり歩くおばちゃんに阻まれながら別の小さな駐輪場へ向かう。近くの銀行を利用する人を想定した駐輪場で、昼間は40分で100円取られる。まあ、置けるだけいいか。自転車を停めて駅への道を戻ろうとする頃には、乗りたかった電車の発車時刻になっていた。


バイトは暇だった。ほとんど記憶がない。何をしたか覚えていないという事実から、何もしていなかったのだろうという推測をする。やらなかったことって、だいたい覚えてないからね。だから後悔にもならない。それが一番恐ろしいことなのだけれど。後悔になるのはやるかやらないか迷ってやらなかったことだ。だから迷ったらやる。バイトが終わったら新宿に映画を見に行くことに決めた。


山手線で新宿へ向かおうとして乗り過ごした。映画は開始一分もしないうちに一回中断された。地下鉄で帰ろうとして、新宿三丁目に行くだけで二回乗り過ごした。新宿と新宿御苑前を一往復した。


やっとの思いで地元に降り立ち、駐輪場の料金を払おうとする。700円。高い。しかしあまりの寒さの前にそんなことはもはやどうでもよかった。早く帰ろう。


財布には五千円札と五十円玉が一枚。精算機は千円札しか使えない。


うわああああ。


千円札を作らなければならない。そういえば、粗大ゴミ処理券を買わなきゃいけないんだった。駅前にライフがあるからちょうどいいや。


寒すぎてライフが遠いいいいい。


朝は慌てていて気付かなかったが、駐輪場から駅までは意外と距離があった。そりゃ間に合わないわ。


ライフ到着。室内の暖かさと疲労でぼくはすっかり液体になっていた。液体には時刻を確認している余裕はない。この頃にはとうに23時をまわっていて、粗大ゴミ処理券を扱うサービスカウンターが開いているはずもなかった。


うわああああ。


ぼくはすっかりがらがらの食品フロアで、ピザポテトとカップ焼きそばを買った。やけくそだった。


お腹減ったなぁ、駐輪場遠いなぁ、700円って高いなぁ。

ゆっくり歩くから、余計に遠い。朝の電光石火が懐かしい。


そして冒頭に戻る。


映画がよかったことだけが救いだった。そしてそれはぼくがどうしようもない一日をちゃんと終えられた紛れもない証拠で、自転車を押す手が千切れるように冷えても、悪い気分ではなかった。


そんなこんなで、日付が変わろうとしている時間にようやく家に着いた。メールボックスには、同じ水道工事のマグネットが三枚入っていて、思わず笑ってしまった。そんなに流れが悪そうに見えるかよ。まぁ、今日のぼくを見たら、人生下手そうにも見えるよな。買ってきたピザポテトは今から食べる。水道が止まっても、ぼくの自由は誰にも止めさせない。f:id:hopeisnotyet:20200206012636j:image